ワクワク追求ブログ

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リシュケシュで瞑想にチャレンジしたら雑念だらけになった話

 どうもteriyakiです。いや、もはやダルシムもしくは片岡鶴太郎と呼んでもらったほうがわかりやすいかもしれません。

 

 何を隠そう私は今ヨガの聖地にいます。リシュケシュ。菅野美穂ビートルズスティーブ・ジョブズもヨガをしにやってきたこの街で、私はヨギーへと変貌を遂げつつあるのです。

 

 と書くと格好良いんですが、実のところまだ瞑想しか体験してません。今朝のヨガ体験クラスを夫婦で寝坊してすっぽかしてしまい、夕方のヨガに向けて全力でストレッチ中です。

 

で、昨日の夕方瞑想したら逆に雑念だらけになったので、今回はその様子をシェアしておこうと思います。

 

 瞑想体験とは

 リシュケシュには数多くのアシュラムと呼ばれる道場があり、そこに泊まり込みやドロップイン(飛び込み参加)で、ヨガや瞑想のレッスンを受けることが可能です。

 

 ヨガや瞑想体験は1回300ルピーで体験が可能です。

 

瞑想の内容

 

 リラックスできる呼吸の仕方を学んだり、意識を外ではなく内に集中させる方法を学びます。暗い道場で先生が静かに語りかけながらだんだんと呼吸を整えていくイメージ。お腹を触って呼吸を確認したり、耳に指を突っ込んで自分の内側に響く声を聞くのです。

 

私が瞑想実践中に抱いた雑念たち

 

雑念1 英語のリスニング能力に難あり

 

 そうです。ここはインド。瞑想のレッスンは全部英語で行われます

 

「ゆっくり息を吸って」

「自分の内側に目を向けて」

「手と手を合わせます」

次々と英語で出される指示。「あれ?今なんて言った?」「この単語前に習ったな。どんな意味だったっけ。」「あーこないだ勉強した表現だ。意味忘れた。こりゃ勉強不足だな。」

 

 私の中でどんどんと膨れがある雑念たち。もはや、瞑想体験というよりも英語の授業。フィリピンの留学のことを思い出し、「海綺麗だったな」「あーみんな元気かな」「チャイムの音色独特だったな」と雑念の勢いはとどまるところを知りません

 

「親指で右の鼻、薬指で左の穴をふさぎます。片方をふさいだらgぜうっlcvfさkっphfdそhcj」

 

 もはや、日本語で言われても理解不能なことを英語で言われて完全に混乱。こういう時は周りの受講者の動きをチラ見するしかない。

 

しかし、先生は目を閉じることを強いてきます。

 

「close your eyes」が私が雑念なく聞き取れる唯一の指示。

 

困った。

 

雑念2 見るべきか見ないべきか

 先生はさらに追い討ちをかけてきます。

 

「周りの人のことを意識から完全に追い出すの。自分にだけ集中して」

 

 次の雑念。「見るべきか、見ないべきか」が首をもたげます。指示がわからない。明らかに私は周りと違う動きをしている。さっきから指示の通り、合わせた手をハエも驚くほどの勢いでこすり続けているが、周りの人が動いている気配が全く感じられない

 

 次の指示がかすかに。しかし、英語のリスニングはもちろんハエも驚きのスピードで手をこすりつけている音で指示がよく聞こえない

 

見るべきか、見ないべきか。

 

意を決して見ようとすると、先生の「close your eyes」「Don't look other people」の声。

 

 先生、お願いだから「目を閉じろ」と「他の人を見るな」という指示をもう少し難しい単語と構文で表現してくれないか。という新しい雑念。

 

雑念3 自分の声に耳をすますと…

 結果、先生の言いつけを破り隣のスペイン人の動きを盗み見ることに成功。どうやら次の指示は

 

「人差し指を耳に突っ込んで、深く呼吸し、あーと声をだし、自分の内側の声に耳を傾けて」という指示らしい。

 

 よし、やってみよう。

 

「あー」

 

ん?

 

あーの音程がわからない。

 

  いや、ここは気にしたら負けだ。自分の好きな音程でやってみよう。

 

音が安定しない

 

 

「一体どうすれば、うまく あー と言えるのか」という雑念の登場です。

 

「気にしたら負けだ」という雑念が私の「どうすればうまく あー と言えるのか」という雑念と戦い出します。もはや雑念の鬼。日常生活でもここまで雑念を感じたことはまれ。

 

 ちなみにこの時、次の雑念「何秒間 あー と言えばいいんだ」という雑念が湧き上がる予兆を感じ、必死にその雑念を抑えようとする私。

 

 

 

 気づいたときにはもう周りの誰一人「あー」とは言っていませんでした。逆に雑念にコンセントレートしすぎたようです。

 

そして雑念は続く

 このあとも

「いつまでやるんだこれ」

「先生はさっき想像しろと言ったが、今は右足を触れと言っている。実際に触るのか?想像の中で右足を触るのか」

「インド人はなぜイエスのとき、首を横に傾げるようになったのか」

といった様々な雑念と戦うこと1時間。瞑想の時間はあっという間に終わりました

 

まとめ 

 初回は雑念だらけだった瞑想。しかし、確かに私は様々に浮かんでは消えていく雑念と戦い「ようやく瞑想のときが終わった」という心の平安を手に入れることができたのです。

 

 

 ちなみに、そのあと晩御飯のカレーが美味しすぎて。一心不乱に食べ続け、妻に残す分を忘れていた私。美味しい食べ物を食べることが、私にとって一番の瞑想だと知り、私がデブな理由を悟ったのはここだけの話。